文学館アーカイブ[2011(平成23)年度] |
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常設展示室内にある「文学館アーカイブ」コーナーは、北海道立文学館に新たに収蔵された資料を、年間3回(第1〜3期)に分けて展示しています。 こちらは、常設展「北海道の文学」の観覧料でご覧いただけます。 |
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| 第1期 新収蔵 久保栄資料[2011(平成23)年4月1日(金)〜7月31日(日)] 第2期 佐藤忠良と北海道の本(船山馨/更科源蔵/加藤多一)[2011(平成23)年8月2日(火)〜11月30日(水)] 第3期 虹と雪のバラード-河邨文一郎・資料紹介[2011(平成23)年12月1日(木)〜2012(平成24)年3月31日(土)] |
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| なお、1年を通して北海道の文学の概要を紹介している常設展「北海道の文学」については、こちらをクリックしてください。 | ||
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| 平成21年度久保マサ氏より寄贈を受けた久保栄関係資料を紹介ます。当館では、1973年開催した「久保栄文学展」以来、久保マサ氏より、「五稜郭血書」「火山灰地」「林檎園日記」の自筆原稿を含む、1000点あまりの久保栄関係資料の寄贈を随時受け、2005年にはそれら寄贈資料をリスト化した『久保栄資料目録』も発行しています。 この度、寄贈を受けたのは、詩人・長光太が久保栄に宛てた葉書や、演劇の師だった小山内薫について久保が書いた『小山内薫』(文藝春秋社、1947年)の草稿など67点です。これら、久保栄の人間関係を窺い知る貴重な資料です。 久保栄(1900(明治23)年〜1958(昭和33)年) 劇作家・演出家。札幌生まれ。築地小劇場文芸部を経て、新築地劇団・新協劇団東京芸術劇場の結成に参加、劇作・演出・評論に活躍。戯曲「五稜郭血書」「火山灰地」、小説「のぼり窯」などがある。 主な展示資料 ・ 久保栄宛長光太葉書 (1938年〜1956年) ・“久保栄著 『小山内薫』(文藝春秋社、1947年)”草稿 ・ 久保栄翻訳書籍[カアル・シュテルンハイム『ホオゼ』(原始社、1926年)、エルンスト・トルラア『解放されたウオタン』(原始社、1926年)、カアル・シュテルンハイム『ブルジョア・シッペル』(原始社、1927年)、イワン・ゴル『メツザレム』(原始社、1928年)、ヴェ・キルション『穀物(パン)九景』(1964年)] ・ 久保栄旧蔵演劇関係書籍[吉田謙吉『舞台装置者の手帖』(四六書院、1930年)、マールコフ・チェーシキン、野崎韶夫訳『モスクワ藝術座五十年史』(筑摩書房、1953年)、『劇団民藝の記録‘47-‘60』(劇団民藝、1960年)、『新劇・その舞台と歴史』(求龍堂、1967年)、『劇団民藝の記録1950-2000』(劇団民藝、2002年)] |
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2011(平成23)年度 第2期〔2011(平成23)年8月2日(火)〜11月30日(水)〕
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| 現代日本を代表する彫刻家として数多くの傑作を残し、今年3月に98歳で逝去した佐藤忠良。 小学校から高校までを北海道で過ごしたことから、船山馨、更科源蔵、加藤多一など北海道ゆかりの文学者の作品の挿絵を手がけ、挿絵作家としても優れた仕事を残しています。 船山馨「石狩平野」挿絵、加藤多一「原野を飛ぶ橇」挿絵など当館所蔵の佐藤忠良関係資料を紹介します。 佐藤忠良 (1912年7月4日〜2011年3月30日) 彫刻家。宮城県生まれ。6歳で北海道夕張町に移住し、旧制札幌二中(現札幌西高等学校)から東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科へ進学。「群馬の人」(1952年)、「うれ」(1959年高村光太郎賞)、「マント」(1968年)、「帽子」シリーズの現代的な女性像など、数多くの傑作を生んだ。1981年にはパリのロダン美術館で日本人初の個展を開いている。 |
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![]() 『お登勢』『続お登勢』(昭和44年・昭和48年、毎日新聞社) |
主な展示資料 ・佐藤忠良《船山馨「石狩平野」挿絵原画》 (1967年) <2002年度船山真之氏寄贈資料> ・佐藤忠良《「石狩平野」完結記念レリーフ》 (1967年) <2002年度船山真之氏寄贈資料> ・佐藤忠良直筆原稿「馨と『お登勢』と僕」 (1975年) <2002年度船山真之氏寄贈資料> ・佐藤忠良《加藤多一「原野を飛ぶ橇」挿絵原画》 (1978年) <2009年度加藤多一氏寄贈資料> ・更科源蔵宛佐藤忠良書簡 (1983年) ・船山馨『石狩平野』 (1967年、河出書房) 更科源蔵『おさない原野』 (1984年、偕成社) 加藤多一 (1978年、偕成社) 佐藤忠良『佐藤忠良 彫刻70年の仕事』 (2008年 講談社) ほか |
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2011(平成23)年度 第3期〔2011(平成23)年12月1日(木)〜2012(平成24)年3月31日(土)
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| 札幌冬季オリンピック(1972年)の歌「虹と雪のバラード」は、いまなお多くの人々に愛されています。この歌の作詞者として知られる詩人・ 河邨文一郎(1917年〜2004年 ) 1917(大正6)年小樽市生まれ。北海道大学医学部卒。医学博士。東京大学で整形外科学を学び、札幌医科大学教授、日本整形外科学会長、日本学術会議会員などを歴任。若き日より金子光晴に師事し、詩作の道へ入る。詩誌「核」を主宰し、北海道詩人協会会長などを努めた。詩集に『天地交驩』『物質の真昼』ほか多数。 こっくり会 1950(昭和25)年道立図書館を中心に集まった札幌在住の詩人、芸術家、音楽家、学者のグループ。 会員には、金田一昌三、山内壮夫、更科源蔵、渡辺茂、山下秀之助、高倉新一郎、知里真志保、河野広道、河邨文一郎、日塔聡、風巻景次郎、国松登、大谷久子、田上義也、坂本直行らがいた。 |
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![]() 上から2段目 右から2人目 河邨文一郎氏 |
主な展示資料 ・『札幌オリンピックの歌 虹と雪のバラード』 (核の会、2001年) ・「核」 T〜W (核の会、1952〜1959年) ・『天地交驩』 (詩と詩人社、1949年)、『詩集 湖上の薔薇』 (書肆ユリイカ、1958年)、『詩集 物質の真昼』 (凡書房、1959年)、『河邨文一郎詩集』 (思潮社、1982年)、『シベリア』 (思潮社、1997年) ・「こっくり會誌」 (こっくり會、1955年) ・原稿「コックリ会憲章の提案-返り咲きの弁-」 (400字3枚、1955年) ・写真「コックリ会ピンぼけ写真集」 (1966年) <平成21年度河邨宣子氏寄贈> ・原稿「遠い瞳」(コピー) <平成23年度河邨宣子氏寄贈> ほか |
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過去の文学館アーカイブ情報・過去の展覧会 |
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